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昨日書いた石内都さんの写真が、なぜ心に響いたかというと、撮影されたものや場所にやはり霊的なオーラが強く入りこんでいるからだと思う。 母や被爆者の遺品である衣服の写真も、横須賀や赤線地帯の風景写真も、人は入っていないにもかかわらず、そのものや場所とともに生きていた人の匂いをありありと感じさせる。 人の持ち物や体の一部(髪の毛など)は、昔から呪術に使われる。 好きな人の髪や文字を記したメモなどを、そっと持っていた経験が私にはあるが(大マジメ…)、よく自分を振り向かせるためのおまじないとかって、ありますよね。 既成のおまじないをしたことはないけれど、自分なりには落ちていた髪を拾って密かに持っているだけで、なんらかの効果があるのだと思いこんでいる。 アメリカの占い師の本に、「遠方などで本人が鑑定に来られないときは、その人の持ち物を送ってもらう」と書いてあるのを読んだこともある。 ものは、誰かのものになった時点で、単なる物質ではなくなるのだと、私は思っている。 その持ち主の霊魂が入りこんだり、持つ人と共通のオーラを漂わせるようになる。 神秘主義者は、だから精神的なものばかりを見ているわけではなく、物質に込められた霊的なものに痺れてしまうのだ。 これと同様に場所にも、そこで生きていた人々や、起こった事象などが込められる。 そういうものの気配を感じさせる芸術に、私はもっとも惹かれる。 すでに亡くなったロシアの映画監督であるタルコフスキーの映画が、すごく好きだった。 ストーリーはかなりマジメというか、堅苦しいところがあるのだけれど、確実に超能力映画であり、霊的な作品たちだったから。詩情もすばらしい。 ものが宙に浮き、ときに火が燃えさかる。 雨が延々と降りつづき、切々と美しい自然のなか水が流れていく。 宇宙SF的な『惑星ソラリス』も、よかったなぁ。 話は逸れましたが、よって、ものは大切に心を込めて扱うべきである。 というのも、いざというときにそういうものたちがパワーをくれ、加勢してくれることになるわけだから。 |
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