|
20代の頃から折に触れて見るのが、有名人と会う夢だ。 いかにもミーハーである。 しかも私のミーハーは気取っていて、20代で見たのは哲学者のジャン=ポール・サルトルやヌーボーロマンの巨匠ロブグリエに会うというものだった。いま考えると、ちょっと赤面ものではある。 確かにサルトルの実存主義を卒論のテーマにして、当時はもう流行遅れだったのにサルトル全集をすべて買いこんでいた。それから、ロブグリエのような前衛小説を書こうとして、フツーの人は誰も読みたがらないような難解な文章を書いていた。 そういうことは、もうどうでもいいけれど、夢のなかで私は喋れもしないフランス語を懸命に組みたてていた。 ロブグリエのときには「私はあなたの『嫉妬』を読みました」という文章をフランス語にしようとして、(読むはrireでその過去形はとか、嫉妬はjalousieだから…)などと考えていたのだから驚きだ。 自分の誇大妄想ぶりにも呆れるが、手持ちの夢事典には「作家が夢に出てきたら、あなたの興味が広がりつつある徴」と書いてある。若気の至りじゃないけれど、その頃の私は壮大な文学者か思想家をイメージのなかではめざしていたのね。 ぐっと年齢が上がって、数年前に見たのはビートたけしに会う夢だ。 天守閣のあるお城の庭や回廊を、たけしさんと歩いている。 これはグンと、マイナーからメジャーへと移りましたかね。 和気藹々と肩を並べて同行し、気分もなかなかのもの。 その前あたりで、やはりお城の中のトイレを探して、変わったトイレに入った(座敷の中にある)後でたけしさんに出会ったわけです。 ということは、「排泄の夢」を表現願望とするなら、自己表現しようとするにしても、たけしさんのような大衆的でポピュラー路線に沿ったほうがいいよという夢の導きなんでしょうね。 私の潜在意識も、以前の難解路線から「皆に受け入れられて、しかも本質を突いたもの」というふうに変わってきているんだと思います。 皆さんの夢では、そんなことってありませんか? |
| << 前記事(2008/10/25) | トップへ | 後記事(2008/10/27)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/10/25) | トップへ | 後記事(2008/10/27)>> |