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汚い話で恐縮だが、たまに見るインパクトの強い夢に「排泄」の夢がある。 その多くの場合は、体内から「大」のほうを出そうとしてトイレに入るというもの。これは夢のストーリーのなかで、あまり脈絡なくそのシーンに進むことが多いように思われる。 しかも、「トイレでする」ときには、世にも汚いトイレであることが多い(これって私だけ?)。 考えてみれば、私の場合は学校の校舎内のトイレだったり、林間学校へ行ったような設定で古びた校舎のトイレを使うということがこれまた多い。だが、それが入るのをためらうほど汚物で汚れていたり、ゴミが散乱していたりして、意を決してしゃがみ込むというような代物なのだ。 なぜ、そんな夢を見てしまうのか? 「夢占い事典」によれば、「夢のなかでは金銭と糞は簡単に入れ替わる」ものらしいが、私がこのような排泄夢を見るときの法則は「創作欲求に駆られている」というものなのだ。お金をどうこうしようということよりも、新たな産みの苦しみの渦中であることが多い。 自分のなかに溜まっている何かを体外に出したい、排出したいという欲求が無意識で高じたとき、そんなふうに夢のなかで汚いトイレに入り、排泄しようとする。 さらに突拍子もない排泄の夢には、日本ふうお城の生垣のさなかに屈みこみ、お尻を剥きだして出そうとしているというものがあった。 そこはかなり高い場所だが、下方の道路を人々が通っていくのがよく見える。要するに、その通行人たちがふと上を見上げれば、裸のお尻を出して排泄しようとしている私の姿も見えてしまうであろうところなのである。 そんな露出症的排泄夢から醒めたときには、「どうして、あんな夢を見てしまったのか?」とひたすらびっくりした。 話は夢から逸れるが、「トイレ」や「排泄」には何か宇宙的(?)な連関がある。 以前、精神世界系の人がその手の集まりを催していた人との出会いについて教えてくれたが、同じ集まりに参加した二人が一番始めに顔を合わせた場所は、トイレだったという。 私もこれに似たことを何度か体験している。 始めに気学を習ったのはヒミコ先生というおばさんの先生だが、講座が始まる前にトイレへ行ったとき、鏡の前で口紅を塗っている彼女と出くわした。そのときにはその方が先生とは知らなかったのだけど、始まってみたら先生だった。 この出会いは悪くない。ヒミコ先生とはいい関係を持てた。 もう一人は、タロットのマドモアゼル朱鷺さん。彼女の講座に行ったときに、すぐに感じるものがあったのだが、休憩時間にトイレを開けたら、なんと朱鷺さんが洋式トイレに座っていた(ほびっと村という古い建物のトイレで、鍵が不全だった)。エスニックなフレアースカートがふわっと被さって、お人形のようだった。「失礼しました」と言って、私はその場を去った。 講座は何回かあって、終わりのときに教室を出たところでリサイクルの服を買っていると、朱鷺さんが階段を下りていくのが見えた。服のお金を払って私も階下へ下りていくと、またしても彼女がトイレから出てきた。 「私を待っていてくれた!」と思って、とても嬉しかった。駅までの道をちょっとしたことを話しながら、一緒に歩いた。 沖縄に住んでいた彼女も、今は行方不明になってしまったのだが(私の周りにはそういうケースが多い)、私は何か時空を超えた超越的な縁を感じているのである。 |
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